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中国漁船衝突映像流出事件

以下、昨年11月16日に友人宛に発したメールの転載。




映像流出事件で国中が大騒ぎしているが、私は世間よりやや冷めた目で見ている。日本の外交に一貫性が無く失敗続きなのは(自民党時代から)毎度お馴染みなので「またか」というのが率直な感想だ。なので、わざわざメールを書く気は無かったのだが、珍しく(友人名)の方から社会問題の話題を振られたので、一応私見をまとめておく。

(長いよ)

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・那覇地検の判断に「外交的配慮」が含まれた
 →本来あってはならないし、あったとは思えない
 →政府の判断であれば堂々と発表すべきだが、地検に責任を押し付ける形で
  納めようとしたのはいろんな意味で宜しくない
  →「尖閣諸島に領土問題は存在しない」という政府見解に沿った判断と
   思われるが、この見解は中国にも諸外国にも通用しない
  →「外交の窓口=外務省」「外務省=官僚「官僚=事無かれ主義」
   →外交の目的は、問題を丸く納めることではない
    →他国と協力してWIN-WINの関係を築くことが理想
   →リーダーシップ(提案力(将来の展望)と実現力)が無い日本が
    外交上後手を踏むのは毎度のこと(小泉元総理は例外)
   →国内ではリーダーシップを求める声があるが、日本がリーダーシップを
    発揮しようとして失敗した前例があるので注意すること
    →大東亜共栄圏、東アジア共同体構想(鳩山内閣、構想の是非以前に
     実現力無さすぎて誰からも相手にされなかった)

・対中外交に一貫性を持たせるため、対中外交方針を固める必要がある
 →それ以前に日本の国家戦略(成長戦略)を固める必要がある
 →尖閣諸島問題に関しては別途メールする(かも?)

・ビデオ流出について、国家機密保持のセキュリティレベルが危ぶまれた
 →セキュリティはまず情報の「レベル付け」から始まる
  →「そもそもこれが国家機密に該当するのか?」という議論を無くして
   一概に判断することはできない
   (過去の事件映像はインターネットで常時公開されている)
 →外部侵入ではなく内部者による犯行
  →内部者の犯行は防ぎようが無い
  →外国のスパイではなく日本国を憂いた末の行為であり、人選に問題は無い
 総評:合格とも不合格とも言えないが、ことさらに不安を煽るのは良くない

・ビデオは公開すべきだった?
 →最初から公開すべきだったと考える
  →中国市民の目線から見ると、事実を隠そうとする日本政府の態度に
   ますます不信感を募らせるのは当然である
  →日中外交の最大の問題点は「反日感情」にあるが、反日教育を行った
   張本人である中国政府の御機嫌をとっても事態は好転しない
   →(密室協議の時代は終わりつつあるので)中国政府ではなく、
    中国市民に向けた外交戦略を立てるべき
   →「事実はこうだ」と堂々と明示することが、13億人の反日感情を
    解消していくための第一歩となる
    →中国政府ではなく、中国市民に対して誠実な態度を示すことが重要

・ビデオの流出行為は正義か悪か?
 →明らかに守秘義務違反(違法行為)
  →国家機密の漏えいは重罪
 →海上保安官は海の警察官
  →目の前で犯罪事件が発生し、犯人を捕まえたのに
   「トップの判断」とやらで無罪釈放
  →「トップの判断だから」「規則で決まっているから」と
   何も考えず盲目的に従うようになったら最悪の社会を招く
   前例:「自動車会社のクレーム隠し」「耐震疑惑」
      「食品の産地偽装」「政治家の資産隠し」
   →社会悪は誰かが公開して止めないと、事態はさらに悪化する
 →守秘義務違反は組織崩壊を招くが、組織の存続よりも
  優先すべきことはあるので、大切なものを見誤ってはならない
  →今回のケースがそれに該当するか?
   →国民の「知る権利」よりも「機密保持」を優先すべきだが、
    トップが「あれも機密、これも機密」と判断した場合、
    これを正す仕組みが現実に機能していない
    →トップの判断をチェックする仕組みが必要(時後検証でも可)
    →チェック機能がまともに働くまでは、
     守秘義務違反行為に対して寛容に裁くべき
     例:「本件は国家機密漏えい事件であり、本来であれば重罪行為だが、
        個人の利益ではなく社会的正義を追求した行為であり、
        情状酌量の余地がある」として「執行猶予付き減刑」
   →一人ひとりが自分でよく考えて最終的な判断を下すべき
    (判断する側の視点によって結論が異なる)

ちなみに、もし私が海上保安官の立場だったら、現段階で流出しない。
事件はまだ進行中で、今後の展開次第で政府が公開に踏み切る
可能性があったからだ。
(一部議員に公開 → より広い範囲に公開 → 全面公開)
タイミングとしてはちょっと先走りすぎた気もするが、
タイミングを失うと公開しても影響力が無いので一概には言えない。

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コラム:SEの宿命

これは余談だが、守秘義務はSEにとって退職後も死ぬまで続く宿命的な足かせだ。
特にリーダークラスになると、顧客予算の裏側から現場の実態まで何でも知ることになるが、(当然ながら)家族にさえ漏らすことは許されない。「今日会社でこんなことがあった」みたいな夫婦の会話も出来ず、悩みを一人で抱えこんで離婚/鬱病/過労死となるケースが続出。SEが「日本で最も鬱病率が高い職業」となった最大の要因は守秘義務かもしれない。

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まとめ:日本経済と反日感情

私が対中外交で最も気にしているのは、
「中国共産党の反日教育で増幅された13億人分の反日感情は、
今後の日本経済に深刻な影響をもたらす可能性が高い」ということ。

・既に日本経済は中国抜きで成り立たない状態となっている
 (日本の取引先第一位は中国)が、中国経済はアメリカや東南アジアと関係が深く、
 日本抜きで成り立つ状態となっている。
 →日中関係が悪化すると、日本は困るが中国は困らない
  →外交の主導権は中国が握っていると考えるのが妥当

・GDPだけでなく技術力も追い付かれつつあるのに、
 高コスト+反日感情では13億人の中国市場に参入できない
 →反日感情を解消しないと、日本はアジアで一人負けとなる可能性がある

というわけで、反日感情の存在はとても気にしているが、
「今回の事件が日中関係の悪化を招いた」というよりも
「60年以上の長きに渡って増幅され続けてきた反日感情が、
事件をきっかけに爆発した」と考えるべきであろう。
つまり、今回の事件が無くても日中関係の火種はくすぶっていたし、
今回の事件を丸く納めたとしても、反日感情の源泉を経ち切らない限り、
同じ問題が何度も再発する。

日本の将来を中長期的に案じるならば、
中国の反日感情をどうやって解消していくのか、
その方針を検討すべきであり、
方針が決まれば今回の事件の対処法も自ずと決まるだろう。

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長文すぎて携帯じゃ読めなさそう(ー_ー)




以上、昨年11月16日に友人宛に発したメールの全文転載でした。
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テーマ : 政治・経済・社会問題なんでも
ジャンル : 政治・経済

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戦争が無くならない理由

◎小学生の質問

私は小学生の頃、

「なぜ戦争が起こるのか?」
「なぜ戦争が無くならないのか?」

と母に聞いたことがある。母の答えはこうだった。

「武器を売ってお金を儲けをする人がいるから」

つまり武器商人が諸悪の根源というのである。

小学生の私は、この答えにいまいち納得できなかった。親も先生も誰に聞いても、日本中の大人は皆「戦争反対!」と言っている。武器商人がいくら戦争したがっても、日本中の大人が反対したら一人で戦争できるとは思えない。他に何か根本的な問題があるような気がしてならなかった。

しかし母にこれ以上訪ねても、私が満足する答えは聞き出せそうになかった。そこで小学生の私は、学校や地域の図書館で戦争に関する本を読み漁った。戦国時代の軍記物や三国志などもこの頃から読み始めたが、特に日中戦争や太平洋戦争に関しては、最前線兵士の日記や母親達の空襲体験記、将官クラスの手記や捕虜になって生き残った人の半生記など、戦場の生々しい話から大本営発表の裏側まで、かなり多岐に渡って読んだ。

コラム:満州事変の首謀者

小学生の私は、ここで重要な理(ことわり)を学ぶことができた。

・戦争が無くならない理由

・日本人組織の欠点



◎戦争が無くならない理由

結論から言うと、戦争が無くならない理由はズバリ「貧困と格差」だ。他に宗教や利害関係なども対立の要因となるが、貧困と格差の問題が無ければ、全国民を巻き込んだ大戦争には至らない。

ちなみに、殺人や虐殺は恨みや利害関係等が動機となるケースが多く、貧困や格差とは縁遠いことが多い。

この違いは、戦争が「反撃されて殺されるリスクを伴う行為」であるのに対し、殺人や虐殺は「一方的に攻撃することを前提としたケースが多い」ことに起因する。つまり、貧困や格差がなくなれば「自分や家族や友人が殺されるリスクを負ってでも戦争をする理由が無くなる」ということである。

余談だが、イラクやアフガニスタンでテロが絶えないのは、宗教の対立というよりも、米国が強者の理論を優先して貧困と格差の問題を無視したことが原因と見るべきであろう。オバマ政権になってそのことに気付き始めたようだが、ブッシュ政権が世界中に焼き付けたイメージは、一朝一夕で消せるものではない。



◎日本人組織の欠点

日本人は‘本音’と‘建前’を使い分ける、世界でも稀な民族である。これが集団となり組織となると、世界でも類を見ない特異性を持つことになる。学校や職場では本音を出さず、周囲の顔色を伺い、他人に迷惑をかけないことを第一に考え、空気を乱す者はKYのごとく嫌われる。

これは日本人が‘和(皆仲良く)’を尊び、和(従来の仲の良い関係)を乱す者を嫌う心が根底にあるので、ある意味「長所」でもあるのだが、逆に致命的な「短所」となることも多い。

典型的な例に「チームワークの良さ」がある。
「一人は皆のために、皆は一人のために」を理想とし、組織の目的を果たすために、一致団結して闘う。
これは聖徳太子の仏教輸入以後、日本人の重要な価値観として伝統的に受け継がれてきた。

この組織の目的が公共の利益(広い意味では世界人類共通の利益)と一致する場合、その精神は称賛されるべき長所となる。しかし組織の目的が一度(ひとたび)公共の利益に反するようになると、その精神は大変厄介なシロモノに変貌する。

組織内の誰かが「これは良くない行為だ」と気付いても、反対すると組織のチームワークを乱すことになるので反対できない。というか、率先してチームワークを乱すような真似はしたくないし、実際に反対すると後が怖い。自らの立場が危うくなるだけでなく、家族や友人にまで危害が及ぶ可能性がある。

実はこの問題は日本の数千年の歴史の中で何度も慢性的に繰り返されてきた。

・ひとたび戦争への道を歩み始めると、反対する者は非国民とされるので反対できなくなった。

・ひとたび学校内でいじめが発生すると、止めようとする者は次のターゲットにされるので止められなかった。

・古い官僚組織が役目を終えたが、解散/縮小を求められるとこれに反対するのが当然とされ、同調しない者は閑職に追いやられた。

これはホンの一例で、昔も今もあちこちで日本人組織の特性が顕在化している。組織のために自己犠牲となった者を美談として称え、チームワークのさらなる強化を図ることもある。(戦死者を勇者や英霊として祀るなど)

これが日本人組織の欠点であり、学校も会社も政府も官僚もこの欠点を抱えた組織であることを認識すべきであろう。


…と、ここまでが小学生の頃の私が把握した理(ことわり)である。さすがに、「どう対処すべきか」まではわからなかったし、自分一人の力でどうにかできる問題とも思えない。しかし周りの空気に流されるだけではいけないことは重々理解した。
(それ以前に団体行動が嫌いなヒネクレ者であったがw)


その後、私は人生経験を重ねて「どう対処すべきか」を自分なりに模索し、解決することができた。話が長くなるので述懐はまたの機会とするが、そこで結果的に成功したのは、子供の頃から問題意識を持ち続けていたからであろう。

テーマ : 政治・経済・社会問題なんでも
ジャンル : 政治・経済

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コラム:満州事変の首謀者


太平洋戦争は、関東軍の青年将校が暴走して中国戦線を拡大し、その暴走を政府や軍中央部が止められずに諸外国の批判と中国戦線の泥沼化を招いたことが発端と言われていた。

小学生の頃の私は、その話を聞いて

「陸軍青年将校とは誰か?」
「米国や世界情勢を知らぬ愚か者だったのか?」
「政府や軍中央部が止められなかったのは何故か?」

などの疑問を感じ、戦争に関する本を読み始めた。

私が特に「石原 莞爾(いしわらかんじ)」という青年将校に着目した。
満州事変の首謀者である。

ということは、石原が全ての元凶なのか?

否、石原は満州事変後の戦線拡大を危惧し、実際にやめさせようとしたらしい。しかし他の青年将校達は「あんたと同じ事をしてるだけだ!」と耳を貸さなかったという。中国戦線拡大や対米開戦に反対し、東条英機と対立した石原は、対米開戦前に予備役に編入されて、東京裁判の戦犯指定を免れた。

どうやら、石原自身は世界情勢を知り「満州国建国まではOKだがそれ以上はNG」と理解していたようだ。当時それだけの見識と満州事変を成し遂げた実行力は、ある意味天才的とも言える。しかし他の青年将校に石原の理念は伝わらず、石原のやり方だけを真似て「理念なき暴走」を招くことになった。

こうして見ると、石原の説得に応じなかった武藤章などの青年将校が悪いように思われるが、彼らの「あんたと同じ事をしてるだけだ!」という言い分にも一理ある。結局のところ、満州事変そのものを罪悪として認めないと、形だけ真似をする人達を止められないということらしい。

テーマ : 軍事・平和
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日本の借金について

◎日本の財政赤字について

日本の借金は年々増え続け、870兆円というピンとこないレベルに達した。そして今年度も歳入40兆円に対し、歳出は90兆円を超過している。民間企業ならとっくに倒産しているレベルだが、果たしてこの先どうなるのであろうか?

「子供が将来大きくなった頃が心配」という親が増えているが、このコメントは「自分が現役の間は大丈夫」という安心感を前提としている。だが、その前提条件は本当に確かなものであろうか?

このままいけば日本が財政破綻するのは間違いない。問題は以下の3点である。

・このまま(改善されずに)破綻するのか?

・いつ破綻するのか?

・破綻したらどうなるのか?



◎このまま(改善されずに)破綻するのか?

単純に考えて、日本の財政は絶望的な状況だ。これを立て直すには、国家戦略に基づいた大胆な改革を実施し成功させることが不可欠だが、

・日本がどのような少子高齢化社会を目指すのか?

・国家戦略を実現するための予算をどうやって確保するのか?

といった点に関して、国民の多くが納得できるレベルに達していない。

そうこうしている間にも借金は膨れ上がっていくのだが、既に少人数で解決できるレベルではないので、今更ジタバタしても仕方がない。まずは、国民の多くが賛同できる国家戦略を策定することが重要だ。理想的な国家戦略が策定され、日本の将来に期待が持てるようになり、国民全体が一致団結して協力すれば、破綻は免れるかもしれない。

しかし本当に改善の方向に進むのか?
進むとしても、何年先の話になるか?
その前に破綻してしまったら終わりである。



◎いつ破綻するのか?

経済の専門家に言わせれば「いつ破綻してもおかしくない」レベルではないかと思うのだが、実際には、借金の担い手(=国債を買う人)が存在する限り破綻しない。つまり、国内外の投資家達が「日本はもうダメだ」と判断して資産を一斉に引き揚げた時点で、日本の財政は破綻する。

では、彼らの判断基準は何か?

経済の素人である私にはよくわからない。興味がある人は、各自で調べて欲しい。個人的には「国債を買おう!」といったCMが流れるようになったら、かなり末期的なイメージがある。



◎破綻したらどうなるのか?

アイルランドやギリシャでは暴動が発生したが、日本で暴動が発生するかはわからない。しかし暴動が発生しなかったとしても、あらゆる行政サービスが低下したり機能不全に陥る可能性が高い。特に、医療や年金、介護、生活保護等の現場では、生死に関わる問題になりかねない。弱者は(破綻前よりさらに)窮地に立たされる、ということだ。

では強者はどうなるか?強者は混乱に乗じてさらに強くなるか、多くを失うかの2択になりそうだ。

最後に、日本人の多くを占める中間層はどうなるか?日本の経済や国民生活は輸出入に頼っているが、日本国や日本企業の信用度が下がることを考慮すると、破綻前より苦しくなるケースが多いだろう。

つまり、国が破綻すると、日本人の仕事や生活が苦しくなる、ということだ(一部の人を除く)。少なくとも短期的には、破綻して良いことなど殆ど無いだろう。



◎増税について

前述したように、国家経済が破綻するとロクなことが無い。にもかかわらず、毎年増え続ける赤字国債に歯止めがかからないという事実は、私には理解できない。政府や国民は一体何を望んでいるのだろうか?

しかしだからと言って、すぐに増税の話をするのは気に入らない。今となっては無駄と言える事業組織(公益法人等)がまだまだ沢山あるのに、それらの事業組織を残したまま税収を増やしても、自動的に浪費されるだけだ(穴の空いたバケツに水を汲んでも無意味)。

逆に言うと、無駄な事業組織を解体できるチャンスは今しかない。この期を逃して先に増税してしまうと、二度と彼らを解体できない。歳出大国から脱却するためには、ここが踏ん張りどころである。

しかし彼らは自分や家族の生活がかかっているので実にしぶとい。事業仕分けで廃止とされた事業が復活し、総予算が前年を上回ったりするのを見ると、彼らを根絶するのは不可能かと思えてくる。この調子ではいつまでたっても増税の議論が出来ず、経済破綻のリスクは年々増える一方だ。

私個人の見解としては、彼ら「今となっては無駄と言える事業組織(公益法人等)」が国の財政を危うくし、経済破綻のリスクを負う元凶である。ついでに言うと、彼らを切り捨てることができない弱腰政府や高級官僚も共犯だ。


一応建設的な意見を添えておくと、彼らが必死に抵抗するのは自分と家族の生活がかかっているからであり、他に生活する道筋を付けてあげれば(他の事業や就職先を世話するなど)、抵抗が弱まって破綻のリスクを免れることができるだろう。

ただ、民間人は経営難や就職難で苦しんでいるのに、これまで甘い汁を吸ってきた彼らを優先的に世話するのはバカバカしくて、積極的に提案する気になれない。他にもっと良い案があれば、是非聞かせて欲しい。



◎日本国民は何をすべきか?

前述したように、国家戦略も増税も事業組織解体もほとんど進まず、国の財政は年々悪化し、破綻寸前の状況だ。この状況において、我々日本国民は何をすべきか?

まず、国家戦略や増税や事業組織解体等の社会問題に関心を持ち、なるべく正しい知識を身に付けて、議論を重ねていくことが重要だ。自らの見識を高めつつ、より良い案を創出或いは選択していくことが、日本の将来を導くカギとなる。

理想的な回答は以上。なかなか理想通りにいかなくても、なるべく理想に近付くよう心掛けることは大切だ。



◎オマケ

少なくとも短期的には、国家財政が破綻して良いことなど殆ど無いだろう。

ただ、日本は戦後の焼け野原から世界第二の経済大国まで復興したという実績がある。復興して信用を回復するのに何十年かかるか分からないが、破綻した時点で「この世の終わり」というわけでもあるまい。というわけで、お気楽かつ無責任な極論は以下の通り。

「一度破産して国家組織をリセットする」

…だから、一度破産したものを立て直すのって、言うほど簡単じゃねえぞ(笑)

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日本政治への提言(長期編)

本稿では、日本の政治を根本から改革する提案を記述する。
(短期的に変える提言はこちら

現在は、代表者を選挙で選び、代表者が政治を代行する‘代理制民主主義’である。

コラム:代理制民主主義の弊害

‘代理制民主主義’は民主主義の最終形態ではない。民主とはつまり「全国民が主権者であり意思決定の主役」を意味するが、現実問題として全国民が毎日政治ばかり行うことは不可能なので、‘便宜上’選挙で代理者を選んでいるに過ぎない。

確かに、過去においては他に選択肢が無かった。しかし、インターネットや携帯、パソコンが普及した現在ではどうか?主権を他人に委譲せずとも、政策毎に意見を述べたり投票したりといったことが可能ではなかろうか?

もちろん、今すぐ可能というわけではなく、課題も多い。課題の内容と解決案については後日述べるが、結論から言うと、技術的にもコスト的にも実現可能なレベルである。そして‘低コストで気軽な投票’を実現し、‘人を選ぶ選挙’から‘政策を選ぶ選挙’に段階的に移行する。

例えば、最初の5年間は‘国家戦略’と‘年度予算’のみ議題とする。各政党や有識者等の有志がそれぞれ予算案を作成し、ネット上で公開。一般市民を交えて三か月間修正議論の後、一次投票で3候補に絞る。3候補はさらに一か月間修正議論の後、二次投票で最終決定とする。

このやり方に国民が慣れてきたら、他の政策(3カ月以上議論可能な緊急でない事案)についても同様の手順で決定する。議題候補は原則フリー登録制で、短期間に一定数以上の署名(ネット上での賛同票)が集まれば、一般市民でも発議可能。法案も一般市民が原案作成可能。とは言え、ネット上で専門家の支援を仰ぐなどして万全を期したレベルに仕上げないと、法案成立に必要な賛同数は得られないだろう。

ちなみに、内閣を始めとする行政機関は概ね現状通り残す。3か月未満の緊急案件については、現状通り総理大臣などの閣僚に一任する。但し、先の投票で決定した‘国家戦略’に沿うことが義務付けられる。国会議員を中心とする立法機関は段階的に縮小する。


国家戦略と年度予算が‘人を選ぶ’→‘予算案を選ぶ’に変わることで、この国の政治が一変することは疑いの余地が無い。これは、大臣や議員の最大の仕事と権限が国民に返還されることを意味する(平成の大政奉還)。また、現在は政治が主導権を握れず経済の足を引っ張っている状況だが、これも大幅に改善されて経済が活性化する可能性がある。

この話は技術面やコストを考慮済なので、非現実的な空想物語ではない。ではすぐに実現できるかというと、実際はかなり時間がかかるだろう。最大の問題は「インターネットを使えない人達の理解と賛同を得るのに何年もかかるだろう」という点だ。もちろん、インターネットを使えない人達でも参加できるよう考えてあるが、ネットがどうこう以前に「選挙や政治や予算の話自体が煩わしい(できれば避けたい)」という感覚で反対する人が多そうな気がする。

ただ、希望もある。国民は政治や選挙に関心が薄いイメージがあるが、(小泉元総理の郵政解散選挙や民主党の政権交代選挙のように)争点を絞った選挙は投票率が飛躍的にアップする。つまり、人を選ぶ選挙に嫌気がさしているのであって、政治そのものに関心が無いわけではない、ということだ。

彼らが中心となって政権交代は実現された。今度は、この国の民主主義を進化して欲しいのだが…ムリか?(笑)

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コラム:代理制民主主義の弊害

現在は、代表者を選挙で選び、代表者が政治を代行する‘代理制民主主義’である。

この制度には多くの欠点があるが、中でも‘主権を他人へ委譲する’ことを前提としていることが最大のネックである。このため、どうしても‘責任の所在が不明確’となりやすい。

1つ例を挙げよう。日本は現在700兆円以上の莫大な借金を抱えている。これは戦後60年以上続いた自民党政治の負の遺産である。しかし過去自民党に投票した人に対して「あなたが自民党に投票した結果、1人当たり700万円の借金を抱えました。700万円(4人家族なら2800万円)払ってください」と言って、素直に応じる人はいないだろう。

もちろん、自民党支持者だけが全責任を負うべき話ではない。歴代の大臣や有力議員の責任も大きいが、高級官僚や外郭団体にも責任の一端はあるだろう。しかし彼らの責任回避力は世界屈指であり、実際に責任を取らせることは不可能に近い。最後は‘国民全員が(増税等で)均等に負わされる’という結末になるのではなかろうか?そして誰も反省せずに同じ過ちを繰り返すわけだ。

私は日本人が大好きだが、日本人組織が大嫌いな理由はここにある。日本人は一人一人が自立した考え方を持っているのに、組織集団になるとなぜ愚かになってしまうのか?(そのヒント「日本人組織の欠点」はこちら)


最も残念なことは、過去の問題だけでなく、この先も状況改善の見込みが薄いことである。「このままじゃヤバい」と誰もが感じつつ、しかし(政治家も有権者も)自分の身に被害が及ぶとは思ってもいないので、誰も本気で取り組もうとしない。というか、真面目に取り組んだ人が貧乏くじを引くことになる(詳しく解説すると長くなるので省略します)。

以上が‘代理制民主主義’の弊害であり、似たようなことが過去に何度も繰り返され、またこの先何度も繰り返すわけだ。さすがにそろそろ脱却すべきではなかろうか?

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日本政治への提言(短期編)

本稿では、日本の政治を早期に(簡単に)変えることが可能な提言を行う。
(日本の政治を根本から改革する長期的提案はこちら

日本の政治は、議論を重ねて間違いのない結論を導く‘じっくり型’が理想と考えられている。しかし実際には、正しい結論と言うより‘玉虫色で当たり障りのない結論’ばかりが目立ち、しかも時期が遅く後手後手にまわって効果が薄いことが多い。

この状況を改善するために‘じっくり型’から‘スピード型’への移行を提案する。但し、‘スピード型’は‘じっくり型’に比べて判断を誤りやすいという欠点があるので、これを補うために、以下の手順を全て行うことを法律で義務付ける。

.責任者(国政の最終責任者は内閣総理大臣)は、懸案(課題や問題)に
  対して「急いで結論を出す必要があるか?」を判断する
  →急ぎの懸案に関しては、いつまでに結論を出すか決める
  →急ぎでない懸案に関しては、通常の手続きで議論する(以後省略)

.急ぎの懸案に関しては、関係者(閣僚、官僚、専門家など)で協議し、
  決めた日時までに結論を出す

.国民及び全ての関係者に対して説明する
  →結論だけでなく、その結論を導き出した
   理由/根拠/経緯等も詳しく説明する(重要)

.反対意見や修正案が寄せられた場合、内容を吟味し、
  必要があれば訂正する
  →特に前提条件や根拠理由が不適切だったり見落としが発覚した場合、
   素直に認めて早期訂正すること
  →早期訂正した場合は、最初の判断ミスに対する責任を
   (原則として)追及しないこと

上記はどれも特別なことではない。むしろ当たり前のことを記述しただけである。ところが、その当たり前のことが全然実行されていない。

近年の例で言うと、小泉元総理が1~3番まで実行したので一番まともと言えるだろう(但し4番は頑なに拒否したので問題あり)。他の歴代総理や各大臣はもっと悪く、1番の‘切り分け’や‘期限の設定’すらまともに出来ない人も多かった。


1番がダメな人は論外として、私がこの場で特に強調したいのは3番である。永田町内だけで政治を終始させてしまう政治家が非常に多いようだが、政治の決定は国民に影響する。最後は税金という形で国民が責任を負う以上、国民は政治を知らねばならないし、政治家は国民に知らさねばならない。しかし3番を軽視したり下手だったりすると、国民不在の政治が為されているように感じられて‘政治不信’を招いてしまう。

パフォーマンスを重視する小泉元総理のやり方には批判的な意見もあったが、少なくとも国民に対して直接訴えている感覚は伝わった。政策の是非はともかく(個人的には反対した政策も多い)、在職中に‘政治不信’という言葉が聞かれなかっただけでも稀な総理だったと言えるだろう。この点に関しては、他の政治家も少しは見習って欲しい。

ちなみに、「説明が上手くても政策立案遂行ができなきゃダメだろ」と反論されそうなので、この点に関して補足しておこう。この発言を官僚目線で意地悪く言い換えると「お上が政治をうまくやってくれさえすれば、国民は政治を知らなくて良い」ということになり、民主主義を否定する考え方に繋がる。多少煩わしくとも、国民一人一人が知らなくてはいけないのだ。(半分は自分に言い聞かせていますーー;)


「国民をだまくらかすのがうまい」などという人物は論外として、

・「きちんと説明する(判断力や実行力は劣る)政治家」と、

・「きちんと説明しない(判断力や実行力は優る)政治家」であれば、

私はきっと前者に投票するであろう。後者は民主主義に繋がらないからである。


最後に…1~3番は政治家の問題だが、4番は政治家だけでなく国民の理解と協力も必要だ。最初の決定が訂正された場合は、最初の決定に従っていた関係者全員が振り回されて徒労に終わることになる。当然文句を言いたくなるだろうが、1~2番の意思決定プロセス(経緯)が順当であるならば(3番の説明がしっかりしていれば判断可能)、いちいち責任を問うべきではない。

大臣や議員のポストに限りがあるため、ライバルのミスを誇大に宣伝して失脚を狙う政治家がいるが、それでいちいち責任を追及していたら、自分のミスを認めて訂正する人がいなくなってしまう。国民は、3番の説明によって1~2番の意思決定プロセス(経緯)の妥当性を判断する目を養い、議員同士の足の引っ張り合いを牽制する必要がある。

テーマ : 政治・経済・社会問題なんでも
ジャンル : 政治・経済

プロフィール

Na-7

Author:Na-7
SE(システムエンジニア)として約15年間システム系ソフト会社を勤めあげ、2008年3月退社。現在、ゲーム制作会社設立を目指して活動中。

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