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子供の教育について(1/2)

 
◎教育現場の実態

子供は勉強が嫌いだ。勉強好きの子供は稀で、全体の1割にも満たないだろう。

聞き分けの良い子は我慢して勉強するが、聞き分けの悪い子や要領の悪い子は、サボったり成績が悪かったりする。

一方で、親や先生は子供に勉強させたいと盲目的に願う。
母親が子供に「勉強しなさい!」とガミガミ言うシーンはその象徴と言えるだろう。

筆者は、このシーンに日本の教育問題が凝縮されているように感じる。
そこで本稿では「何がどう問題なのか?」「どうあるべきか?」を考察する。



◎子供の本音

親や先生が直面する最大の課題は「勉強嫌いな子供たちをいかにやる気にさせるか?」である。しかしそれを考える前に、1つ重要なポイントを忘れてはならない。

そもそも、子供達が勉強を嫌うのは何故か?

人間には知識欲があり、知識が満たされるとちょっと嬉しい。
長く追い求めていた答えが見付かると、感動することもある。

ところが、現在は過度な詰め込み教育で、限られた期間に、子供達の知識欲を超えた質量を、問答無用で叩き込む。

子供達はハライッパイで、これ以上受け付けたくない(飽きた)。しかし

「やりたくないけど仕方なく勉強させられている」

これが子供の本音であり、勉強嫌いでやる気がおきない原因である。



◎詰め込み教育の実態

私の甥は現在中学生で、小学生レベルの読み書きや九九はほぼマスターしている。もし彼が江戸時代にタイムスリップしたら、神童と噂されるに違いない。

しかし現在の基準では、彼の成績は最低レベルで、学年でもビリに近い。数学では三角関数や二次曲線が登場し、彼の知識欲や理解力の限界を超えつつある。

僅か二百年程度で、教育水準はこれほど上昇し、子供たちに高いハードルを突き付けているのだ。ハードルを越えられない甥は落ちこぼれと見なされやすく、家では勉強しろ宿題やれと何百回も小言を言われ、学校では馬鹿にされいじめられることもある。

勉強や宿題をサボりがちな甥が悪いのは事実だが、そもそも勉強嫌いな甥に対し、三角関数や二次曲線を無理矢理詰め込むことに、どれほどの意義があるのか?

大人達に聞いてみたい。
「三角関数の知識が社会に出て役に立ちましたか?」
10人のうち9人はNoと答えるのではなかろうか?




◎大人の方便

勉強を強いられる子供達は「何故勉強しなきゃいけないのか?」と疑問を抱く。その疑問が解決できないと、なかなか本気で勉強する気になれない。そこで、子供達の疑問を手っ取り早く解決する方便がコレだ。

「いい高校、いい大学、いい会社に入るために必要だ」

これは大人の方便(=善意に基づく嘘)である。

私はこの方便を‘悪’と一概に決めつける気はない。この方便を素直に信じた子供が勉強に励むケースがあるかもしれないし、それは悪いことではないだろう。

問題は、大人達の半数以上(特に母親)がこの方便を信じ込み、今や都市伝説以上の信憑性をもって語られている点にある。



◎母親の本音

母親の本音はコレだ。

「このレールから脱落したら、我が子が不幸な人生を送るのではないか?」

その不安がどうしても頭から離れず、不安から逃れるために、子供を勉強へと駆り立てる。その結果「何のために勉強するのか?」という本来の目的を見失い、成績ばかりに目が行き、子供の気持ちを考える余裕を失う。

そんな親に勉強しろしろと何度言われても、子供の心には素直に届かない。
言われる度に不満やストレスが溜まり、自信を無くす。

終いには子供の反発や家庭の心理的崩壊を招くこともあるが、困ったことに、(親の言うことを聞かない)子供が悪いと考えて、自分自身が子供を追い込んでいる事実に気付かない親が少なくない。

正論を言ってる自分が正しいという思い込みは強力で、始末が悪い。
正論がいついかなる場合でも通用し、誰もが幸せになれるとは限らない。


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テーマ : 政治・時事問題
ジャンル : 政治・経済

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子供の教育について(2/2)

 
◎過当競争時代の学歴

母親達の眼を覚ますために、改めて断言しよう。

 いい高校、いい大学、いい会社

これは大人の方便で、今となっては幻想に過ぎない。

[ 経緯 ]
これは高度経済成長期に学歴コンプレックスを持つ親達が言い出した事である。
当時の経済は右肩上がりに成長し、学歴をベースとした年功序列制度が幅を利かせ、学歴社会と言われた。


バブル崩壊後の過当競争時代では、学歴を重視する企業など存在しない。
にもかかわらず、母親の大半は子供を塾に通わせ、子供を進学させたいと願う。
子供自身がそれを望むケースはともかく、勉強嫌いな子供まで進学させても不幸になる可能性が高い。

以下にその根拠を説明する。

恋愛ドラマの世界では、恋する男女が結ばれて結婚するとハッピーエンドである。
しかし現実の世界では、結婚はゴールではない。二人の家庭を築くスタートである。
「結婚=幸福」ではなく、二人が互いに支え合って幸せになろうと努力し続けることにより、はじめて幸福を手中に出来る。
それを勘違いして「相手に幸せにしてもらう」ことばかり考えると、家庭は崩壊し不幸になる。

これと似たような事は、会社にも当てはまる。
入社はゴールではない。過当競争の生き残りをかけたスタートである。
「大企業に入社=幸福」ではなく、大企業の重圧/責任/しがらみ等を乗り越えて勝ち続けなければ、幸福は手中に出来ない。
それを勘違いして「大企業なら安定だ」などと甘い考えで入社すると、過当競争の現実に着いていけず、短期間で退職に追い込まれたり、鬱になるのがオチである。
(↑大企業を正社員に読み換えても良い)

低学歴者は就職時に不利になるが、昔ほど大きなハンデではない。その程度のハンデを超えられない人は、学歴のハンデが無かったとしても、過当競争に勝ち残れるとは思えない。



◎何故勉強するのか?

過当競争の時代において、学歴は役に立たない。
また、中学以降で学ぶ知識は、社会に出ると殆ど役に立たない。

では、何故勉強するのか?
知識を役立てるコツを掴むために勉強するのである。

今の時代、知識はインターネットから簡単に入手できる。
しかし、知識を役立てる事が出来なければ何の意味も無い。


知識を役立てるにはコツがある。
例えば、数学は公式という知識を役立てて問題をパターン化して解くのがコツである。
しかし、学校の勉強には問題が2つある。

・机上の問題には強いが、現実世界の複雑な問題には弱い
 →社会/経済(コスト)/文化/思想/理論などあらゆる要素を総合的に考えて
  ベストの方法を導き出すことが苦手

・学習速度に追いつけない子に対するフォローが弱い
 →一人一人に合わせたフォローが理想であり、理想に近付ける努力をすべきだが、
  現実問題として社会コスト的な限界はある
 →そもそも勉強嫌いな子を無理にレールに乗せる必要があるのか?



◎理想的な教育の事例

現実世界の複雑な問題に対応できる人物を育てる手法は幾つかある。
ここでは、実在の社会問題を学校教育に取り入れた事例を紹介する。

東日本大震災で大量のガレキが発生し、広域分散処理を図ろうとしたら、賛否両論が噴出して社会問題になった。そこである学校では「自分が自治体首長だったらガレキを受け入れるか?」を命題として生徒達に議論させ、グループ単位で結論を出すよう求めた。

こういう場において、他人の意見に耳を傾け、吸収または反論し、グループの意見集約に積極的に貢献する子供は、将来どのような現場においても主体的に活躍する人物となるだろう。彼らは日本の将来を引っ張る若きリーダー候補であり、このような子供が増えれば日本の将来は明るい。これは活きた教育の好例である。



◎問題点

活きた教育は昔から度々試みられてきたが、なかなか浸透しない。その原因は、これが成績や学歴に一切反映されず、母親達の賛同を得ることが難しい点にある。

母親達にとって、この教育は一般論として好ましいという程度の認識に留まり、実際に我が子の従来型学習時間(国数英理社)を減らしてそちらを強化するとなれば、不安や反対の声が高まる。これが日本の教育にとって致命的なプレッシャーであり、子供達の可能性を閉ざす障害となっている。

実際問題として、従来型の学習時間を減らせばテストの点数や学歴が低下する可能性は高い。しかし過当競争時代において、リーダーシップやコミュニケーション能力を無視する(育もうとしない)従来型の教育思想は、子供の幸福に繋がるだろうか?



◎精神面について

近年の傾向として、精神的に未熟な若者が増えつつある。

・自主性が低い
・ストレスに弱い
・他人の気持ちが理解できず協調性に欠ける
・少しでも理不尽に感じると我慢できない

学力低下よりも、精神面の方が深刻ではなかろうか?

精神面は知識だけで強化されるものではなく、様々な経験(努力/試行錯誤/出逢い/コミュニケーション/成功/挫折など)を通して強化される。

そのためにもやはり活きた教育を重視すべきであり、何よりもまず母親がそのことを理解すべきであろう。



◎まとめ

過度な詰め込み教育による弊害で、勉強嫌いな子供は多い。
それでも親は子供に「勉強しなさい!」と言い、できることなら

 いい高校、いい大学、いい会社

このレールに乗せたいと盲目的に願う。
しかし過当競争時代において学歴など無意味であり、幻想を追い求めるに等しい。

過当競争時代を生き抜く芯の強い子を育てるために、知識詰め込み型の従来教育を脱却し、活きた教育を普及させることが望ましい。しかし学歴を盲信する母親達の賛同が得られず、普及が進まないのが現状である。

教育改革の第一歩は、世間知らずな母親達の眼を覚ますことではなかろうか?

<目次に戻る>

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Author:Na-7
SE(システムエンジニア)として約15年間システム系ソフト会社を勤めあげ、2008年3月退社。現在、ゲーム制作会社設立を目指して活動中。

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